無責任男の呟き

思いつくまま気が向くまま、日々思ったことをつれづれなるままにブツブツ言いたい放題。無責任男に「お前が言うな」とバッシングの嵐かも・・・

20170708 港から見る水都大阪

20170708 大阪港開港150年
 
大阪市立図書館の連続講座に参加しました。
5階ホール 先着順 定員300人・・・超満員でした。

難波津

講師は
大阪歴史博物館 松尾信裕学芸員

テーマは
難波津から渡辺津へ

主な内容
1 大阪の地形と港
2 縄文時代から弥生時代の海と交流
3 古墳時代の港 難波津の黎明
4 古代の港
5 中世の港 渡辺津
6 信長・秀吉が見た渡辺津
7 渡辺津から大坂の港


詳細は・・・例によって例の如し。

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麻呂が「そうかそうだったのか」と感じたのは、例えば「鴻盧館」は学校・教科書にも出てくるし、意義や用途は判っています。

今回はじめて、それがどの辺りにあったのかがわかりました。

大阪市中央区の料亭大乃屋の前にある北大江公園あたり、道路一筋東には、帰ってきた時鐘の釣鐘があります。
かつての事務所が釣鐘町にあったので、花見はこの公園を 利用していました。

確かに、すぐ西側は崖っぷちで八軒屋浜で、難波津=渡辺津、具体的な感覚で理解できました。


以前、「崖っぷちを歩く」セミナーに参加し、歩いたところの話が今になって結び付きました。

その時、万葉黄土も、唯一残っている自生地に生える「片葉の葦」も見てきました。

最近、片葉の葦は古代製鉄に繋がり、万葉黄土は染色に、そしてそれを発見した方の関連業績にも触れることになりました。



~~~~~~~~~~~~~~~~



麻呂の班の高大・古代科の文化祭の展示テーマは、「古代の大阪湾」

だから、古代・難波津に関してはずーっと興味がありました。


特に面白いのは、「大阪湾に天橋立?のような、自然砂洲堤防があった」ということ。

河内王朝時代の大阪地形を復元する
「1600年前の美しい水都が見えた」 
等高線手法で判明した5世紀の内海

金子晋氏が1992年から2010年まで18年かけて、調査したもの。

但し、地質学などの学会ではまだ認められていないというか・・・。

著者は元教師、昭和59年(1984)に住吉の万葉黄土を発見し、その染色に成功した方。 ☚ ここで繋がった!


水都が見える01
この本を買おうと思いましたが、まあまあ結構なお値段で・・・麻呂のお小遣いではちと苦しい。
で、図書館で借りて、必要なところだけコピーしました。



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「寝言は寝て言え!」と言われることを承知で、思いつくまま気の向くまま「みんなが大いに気にする、あるいは殆ど気にならない」にかかわらず、「気になるもの、興味を惹かれたもの」を勝手に取り上げ、なんとなく考えてみたことを「呟いてみよう」と思います。
つぶやきゴローの「ありがた~いお言葉」もたまに登場します。

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